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売れない頃のビートたけしは、ポール牧に公私共に世話になり、仕事の紹介をしてもらったり、
御飯をごちそうしてもらったりしていた。その後、たけしが売れはじめて立場が逆転。
古い芸人タイプのポール牧はテレビで活躍できる場がなかった。それを感じたたけしは
「こんばんは、ポール牧です」「ばかやろう!オマエはポール牧か!」
「なんだその格好は?ポール牧の衣装か!?」などとさかんにポール牧の名前をテレビで口にし、
認知度を一気に高めた。その効果があってポール牧にもテレビ出演の仕事が来るようになった。
たけしなりの恩返しだった。ある時番組で共演し、その後の飲み会でたけしがお代を払おうとすると
「たけちゃん、それはまだ10年早いよ」と言って、ポール牧は自分で二人分払ってたけしをタクシーに乗せた。
そのタクシーの中でたけしが作ったのが名曲「浅草キッド」だという。
— ちょっとアレなニュース 島田紳助、後輩芸人から総スカン!人徳の無さ、浮き彫りに (via peperon999)(Source: toronei, via peperon999)